コラム 「中国女性の抵抗」

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2016年9月から中国広東省の汕頭大学・長江新聞與伝播学院(ジャーナリズム・コミュニケーション学部)で、現代メディア論を講じている。戦争における宣伝工作や、世論調査の功罪、インターネット時代の報道倫理など、授業の内容は多岐にわたるが、学生の関心が特に高いのは、メディアにおける女性の性差別問題だ。

秋季、春季の授業とも、自由課題を与えると、決まってだれかがこのテーマを選ぶ。学部学生の7割を女子が占め、発表者ももちろん女子。彼女たちの主張はこんな感じだ。

「女子大生」や「美女」といったステレオタイプの見出しで人の目を引くようなニュースが多い。女性を弱者だと決めつける偏見で記事を書いている。適齢期を過ぎた未婚女性を「剰女(余った女性)」と呼ぶのは、個人の自由を尊重していない。女性を男性の視点でしか見ていない・・・・。

春節の大みそかに国営中央テレビ(CCTV)が放映する恒例の娯楽番組・春節聯歓会(春晩)では、ここ数年、女性の恋愛、結婚などをテーマにしたコントが演じられ、ネットで賛否が沸騰する。2015年は容姿による就業格差や高齢の未婚女性を笑いのネタにしたことで、ネットは罵倒の大合唱となった。

当時、私は北京で新聞記者をしていたが、周囲の中国人女性は「笑いは笑いでいいのではないか」「もっと寛容になってもいい」「現実は認めなければいけない」と比較的冷静だった。だが、とかく性差別問題は敵味方の色分けがされやすいので、なかなか本音を言うのは難しい。勢い声の大きな意見が幅を利かせ、世論の大勢を占めているかのような錯覚が起きやすい。

それにしても、どうしてこれほど女性問題に敏感になるのか。個人的には、中国女性は日本女性よりもはるかに強く、たくましいと思うのだが、ナイーブさもそれに比例して強いということなのか。日本のように空気を読み、推し量って動く社会ではなく、みなが主張をぶつけ合い、駆け引きをしながらコミュニケーションをとっていく中国社会の特徴なのか。立ち止まって考えてみた。

 

中国を少しでも知る人であれば、女性の社会進出に関しては、日本より中国の方が進んでいると感じるに違いない。福田元首相が在職中の2007年12月、北京大学で講演した際、同大日本語学科の女子学生から日中の具体的な協力内容を尋ねられ、珍しくこんなジョークを言った。

「(日本に行ったら)日本の女性の社会的活動は中国より遅れてると感じるかもしれない。だから、中国ではどうやって子どもを作り、仕事を続けて、収入もともなっているのか、そういうことを伝えてくださいよ」

私は1980年代、北京に留学したが、二両連結のトローリーバスを女性ドライバーが堂々と運転しているのを見て度肝を抜かれた。男性ドライバーと平気で口論をするし、電気を受けるポールが架線から外れると車を降り、竹の棒を使って自分ではめ直すのである。男顔負けの光景だった。日本に「ガテン娘」という言葉が生まれるのはそのあとだ。

都市部では共稼ぎが当たり前なので、女性は経済的に独立し、家事も分業されている。父親の料理で育った子どもたちも少なくない。女性の学歴も高く、それが釣り合いのとれた結婚相手を探すのを困難にしている。語学も堪能なので、海外留学や外資就職のチャンスにも恵まれている。

だが、農村に行けばまったく違った社会がある。跡取りの男児を大切にし、男尊女卑の風潮がなお強い。嫁に行った女性は、その家の人間として、家族全員の面倒をみることが求められる。

歴史をたどってみよう。20世紀初めまで続いた清朝時代、女性は足の成長を止める纏足を強いられ、自由に日常生活を送ることができなかった。辛亥革命によって清朝は倒れ、2000年続いた王朝体制が崩壊する。1919年の五四運動を機に盛り上がった封建批判では、胡適や魯迅らが女性の覚醒を求める論陣を張った。

共産党政権の誕生後は、社会主義の男女平等理念が、女性の地位向上に大きな力を発揮した。せっかく大学まで出て家庭の主婦に収まるのはもったいない、とだれしもが思う。まだ人件費が安いので、家政婦を雇うことも一般的だ。子育ては両家の祖父母が力を貸してくれるので、負担は少ない。育児の支援態勢は、日本よりも恵まれている。

 

だが考えてみれば、何千年にもわたって築かれた伝統観念はそう簡単に拭い去ることができない。40年近い改革・開放政策によって、生活様式は西洋化し、文化的にも大きな影響を受けた。ワインを飲み、ピザを食べ、ハリウッド映画を観る。だが個人の自由が広がり、権利意識が高まっても、実態はなかなか伴わない。家族中心の人間関係がずしりと根を下ろし、個人の独立は後回しになる。その焦りが、女性差別表現への批判として表れているのではないか。

先月末、計52回シリーズのテレビドラマ『人民の名義』が完結した。習近平政権が進める反腐敗キャンペーンに合わせ、権力の腐敗、政治闘争をリアルに描いた大胆な話題作だ。暗殺計画や盗聴までストーリーに取り込み、ダントツのヒット番組だった。

このドラマについてもまた、女性の描かれ方について学生と議論をした。共産党・政府幹部の会議はみな男性ばかりで、女性の登場人物は、検察官を除き、幹部の夫人か愛人としてしか登場しない。

主要人物のうち3人の男性幹部はいずれも夫婦関係が破たんしている。仕事一途で一切の私情をはさまない幹部は、夫の地位を利用して取引をする銀行幹部の妻に離婚を迫り、彼女はその後で逮捕される。別の幹部はすでに愛人との間に子どもを作り、離婚しているが、大学教授の元妻は夫の権力にすがるため夫婦を装い続ける。もう一人の幹部にも愛人がいるが、高級幹部の子女である妻は世間体を気にして離婚ができない。

男性に寄りかかって生きる弱い女性のオンパレードだが、女子学生たちの関心は、権力や利益だけでつながっている男女関係のむなしさに向かい、受け身に生きるしかない女性の描き方には違和感がなかった。そんなもんだと高をくくっているかのようだった。

確かに、政治の世界において女性は全く疎外されており、その現実を受け入れるしかない状況だ。最高指導機関の中央委員会は205人の委員で構成されるが、うち女性は10人。そこから選ばれた政治局員25人のうち女性はたった2人。トップの常務委員7人はすべて男性だ。こうした幹部たちがメディアを統制し、言論をリードしているのだから、男性中心になるのはやむを得ない。

だが、中国の女性は男女格差に不満を抱きながらも、生活を楽しむすべは心得ていて、しっかり身を取っているいるように思える。消費生活においては断然主導権を握り、男性を完全に尻に敷いている。

中国で若者たちの政治離れ、メディア離れが急速に進んでいる。習近平までしか指導者の名前と顔が一致しない。新聞もCCTVのニュースも見ない。それでいてお気に入りのサイトは山のようにある。それが女性たちの無言の抵抗なのだとしたら、相当したたかである。

 

汕頭大学長江新聞與伝播学院教授 加藤隆則

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1 Comment on コラム 「中国女性の抵抗」

  1. 中国の会社も女性のトップが本当に多いですね。
    男性がトップだったとしても、管理職に女性を置くことが多い気がします。
    中国の女性は本当に歯に衣着せぬ発言が多い。
    相手が年上だろうが男性だろうが気後れしない。
    そのメンタルが女性の地位向上に関係してくるんでしょうね。

    男性はその反面、家庭的で料理も洗濯も子守もできる。
    夫婦で頼るところがなくなって離婚の割合も増えてるんでしょうか。。。

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