中国成功者語録 その1 中国のスティーブ・ジョブズ 雷軍(レイジュン)

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雷軍(レイジュン) 小米(シャオミ)科技創業者兼会長兼CEO

スマートフォン事業を成功させ、エコシステムの構築に邁進する中国のスティーブ・ジョブズ

 

雷軍の名言

・站在风口上,猪都能飞起来。

風の当たる所に立てば、豚でも飛んでいける。

・口碑的真谛是超越用户的期望值。

ユーザーの期待値を超えて初めて、口々に褒めそやされるのだ。

・柳传志40岁创业,任正非43岁创业,我40岁重新开始,也没什么大不了的。

実業家である柳傳志が40歳に起業したのと任正非が43歳に起業したのを見ると、40歳でやり直しても別に遅くないと思った。

・天下武功,唯快不破。互联网竞争的利器就是快。

速く手を打つことに勝ることがない。インターネット業界の競争で勝ち抜くにはスピードが大事だ。

・找到有台风口的地方,做一头会借力的猪。

風の当たる所を探して、巨人たちの肩に乗れるような豚になりたい。

・快速迭代,不断试错,逐步走向成功的彼岸。这是互联网时代的王道。

ユーザーのために随時に新しい商品を開発し、試行錯誤を重ね、徐々に成功に近付けていくことこそインターネット時代の王道である。

・创新为什么这么少,因为我们社会缺少包容失败的氛围。很多大的创新,也是一两个小的点子开始的。

失敗が許されない社会環境だから、イノベーションが少ない。小さなアイディアから始まるイノベーションは実に多いのだ。

・竞争并非你死我活,而是让用户有更好体验。用户才是根本,我们要用心做产品,把心思放在产品和用户上。

競争というのは、勝ち負けを決めるためにあるものではなく、お客様により良い体験を提供できるようにあるものだ。お客様こそ一番大事な存在であり、我々は常に心を込めてお客様が満足できるような製品を作らなければならない。

・不要用战术上的勤奋来掩饰战略上的懒惰。

きちんとした戦略を立てなければ、いくら戦術を練っても無駄なことだ。

・创业初期,海量广告容易砸出虚假繁荣,掩盖一些本质问题。坚持口碑传播,相信好产品会说话。

起業当初、大量な広告をすることは嘘の繁栄を招き、物事の本質を隠すことになってしまう。いい製品作れたら、企業の評判が自ずと上がる。

・马云总结得真好:做企业,赢在细节,输在格局。关键是处理好埋头拉车和抬头看路的矛盾不容易,我的观点是做任何事情要顺势而为,不要强求,不要蛮干。顺了,自然就成了。

馬雲(ジャック・マー)氏がよくまとめてくれたように、企業を経営するにあたって、細かいところと大きな方向性両方きちんとしていなければ成功しない。それは、人力車を運転するのと似たようなもので、力を入れて車を前進させることと行く道の方向を決めることを同時にできるのが難しい。私が思うには、無理して行動することはなく、成り行きに任せればよい。

 

 

雷軍の経歴

 

小米(シャオミ)を起業してスマートフォン事業を成功させ、エコシステムの構築に邁進する実業家、雷軍。ハードウェア業界のインキュベーターとしての存在感を強めている。

 

雷軍は、1969年12月16日に湖北省仙桃市に生まれた。まじめで勤勉、成績は優秀。沔陽中学(現湖北省仙桃中学)を卒業して、1987年武漢大学電器計算機学部に入学した。彼は大学でコンピューターのスキルを習得した。

大学1年生の時に書いたプログラムが優秀だったので翌年の新人向け教材に使われた。この時期スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツらの活躍を伝える本「Fire in the Valley」を読み、ジョブズへの憧れを抱いた。それまでガリ勉だった彼が、コンピューターを学ぶためには実践が必要だと考え、武漢市の電気街に通いだし、パソコンの修理、プログラムの作成を行い腕を磨いていった。

大学四年生の時に、雷軍と同級生二人で三色工司という会社を設立した。画期的な製品を開発したが、後に彼らが作った会社よりも規模が大きい会社に模倣され、しかも同級生同士で経営権を巡って衝突して解散する羽目になった。

武漢大学卒業後、政府が就職先を決める「分配」の制度で北京市の研究所に着任した。当時、大学を卒業する若者には「分配」を辞退して自分で就職口を探すものがいたが雷軍は制度に身を任せた。だが、公的機関での仕事の窮屈さを感じ、独自のプログラミングに没頭していく。

1991年雷軍は中国IT企業金山軟件有限公司(キングソフト)の創業者求伯君と出会う。求伯君も雷軍より5歳年上という若さであり二人は意気投合した。1992年23歳で金山軟件に入社し、1998年8月,金山軟件の総経理(取締役社長)に就任した。

アンチウイルスソフト、オンラインゲームの開発まで手掛けヒットを飛ばした金山軟件は 2007年に香港証券取引所に上場を果たし、雷軍はストックオプションで多額の資産を得た。だがソフトウェア産業は安定期に入り成長産業の座をインターネット企業に譲り渡していた。雷軍はその年の12月20日、金山CEOを辞任する。

2010年4月、雷軍はGoogle中国工程研究院元副院張林斌、モトローラ北京研发中心元高級総監周光平、北京科技大学工業設計学部元主任劉德、金山词霸元総経理黎万強、マイクロソフト中国工程院開発元総監黄江吉、Google中国高级产品元経理洪峰の6人で小米科技を創設した。

2011年8月にスマートフォン、小米手机(Mi1)を発表した。その発表会のステージで雷軍は黒いタートルネックのニットとデニムパンツの姿で現れ喋り方、間の取り方、歩き方もジョブズを模倣した。中国だけでなく海外でも注目を受けた。この印象が強烈であった為、彼は中国のスティーブ・ジョブズと呼ばれることもしばしばある。

小米のスマートフォンはシンプルさとスタイリッシュなデザイン、ハイスペックでありながら低価格という魅力でファンを獲得して販売数を伸ばしていった。販売チャネルが公式サイトのネット販売のみという囲い込みを図り、ユーザーのビックデータを集めモバイルバッテリー、wifiルーター、スマートテレビ等新たなビジネスへと繋げていった。(現在もネット販売と直営店店頭での販売を原則としている)

雷軍はハードウェアだけの利益は重視せず、囲い込んだファンが使うアプリストア、動画配信サイト等のエコシステムを駆使し巨大な富の獲得を目指している。アップルがアプリや音楽販売を行うエコシステムを構築した偉業に追いつこうとする勢いだ。2013年8月には新しい融資を受け、アリババ、テンセント、Baiduに続いて、四番目に大きいIT会社となった。

雷軍はエンジェル投資家としての手腕も発揮している。スマート機器のメーカーに投資して彼らを小米と良好な関係を築くパートナーとして共に成長を図る。これは彼が目指すエコシステムの構築に貢献しており、投資した企業のハードとソフトが小米の製品に連動して機能する。ジョブス亡き後、雷軍はアップルを凌ぐ巨大なエコシステムのビジョンの実現に闘志を燃やしているのではないだろうか。

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